祇園への手紙二 「伝統に軸足をすえて一歩だけ前へ」

 懐石料理は茶の湯の世界に磨かれて今日まで発展してきました。
本来は「濃茶(こいちゃ)をおいしくいただくための食事」の体系ですが、そこには奥深い日本の美意識のエッセンスが凝縮されています。
 茶懐石はなにより季節感を大切にします。食材も旬のもの、あるいはちょっと走りのものを重用し、あまり手を加えず食材の持ち味を最大限に活かす。器や盛り付けも大切です。素材・色・形が異なる無数の器のなかから最適のものを選び、かつ繊細な「空白の美」を感じさせるよう盛り付ける。
 こうしたさまざまな要素を複雑に取りあわせ、熱いものは熱いままに冷たいものは冷たいままに、全体のバランスを細かく配慮しながら、ストーリー性をもってひと品ずつ召し上がっていただく。これが茶懐石の本意であり、提供する側にとっては自らの技量と美意識が厳しく試される場でもあります。

 瓢亭の料理には茶懐石という伝統的な垣根があります。私どもはその垣根のなかで仕事をさせていただいています。
しかし、伝統はただ守るだけでは衰退しかありません。つねに新しいことに挑む冒険心を失ってはいけません。
一子相伝の「瓢亭玉子」も夏場の名物「朝がゆ」も、新しいものに取り組む伝統的精神のなかから誕生しました。
 ただし、決して両足を踏み出してはいけない。茶懐石という垣根から、片足だけ踏み出して新しいことに挑む。それが私の生涯の戒めとしているところです。

 私はフランスや中国の食材も使います。調理法もフランス・イタリア・中国料理のシェフの手法を徹底的に研究し、これだと思うものがあれば自分なりに工夫して使うこともあります。
京都はもともと新しいものを取り入れながら、古いものと共存させてきたまちです。だからこそ都としての発展が今日まで続いてきたのです。
 ただし、変えてはいけないことがある。軸足はぶれることなく伝統におきつつ、片足だけ一歩を踏み出す。それが自らの美意識を研ぎすませ、より高めることにつながるのではないでしょうか。

瓢亭十四代当主 高橋 英一

祇園への手紙一 「清々しさと奥床しさ」

  空寒み花にまがへて散る雪に すこし春ある心地こそすれ

 この歌は上の句を清少納言が、下の句を藤原公任がそれぞれに詠んだ贈答歌の形式をとっている。
清少納言は公任から届けられた下の句が、唐の詩人・白居易の詩を踏まえたことを咄嗟に見抜き、同じく白居易の詩を踏んで上の句をつけて返した。
平安朝の宮中では、このような超一級の文学的感覚の競いあいがたえず行われていた。
都ではこうした文化の洗練がその後も数百年にわたって営みつづけられ、やがて町衆の文化としても広がっていった。
 日本の美意識とは「清々しさ」と「奥床しさ」の二語に象徴される。
「清々しい」は清廉潔白を尊ぶ神道に由来する日本伝統の美意識である。
いっぽうの「奥床しい」は実は「奥行かしい」の意味である。奥へと入りこんでみたくなる魅力を備えた状態をいう。

 喩えるならば、清々しいは陽であり聖であり、神道的である。奥床しいは陰あり俗であり、仏教的といえる。あるいは清々しさはプロテスタントで、奥床しさはカトリックといえるかも知れない。
この両者は相矛盾するように思えるが、実は根底では深くつながりあっている。聖があるから俗があり、陰があるから陽がある。聖だけのまち、俗だけのまちなら世界のいたるところにある。
日本の美意識は一見矛盾するかのようなこの二つが、相互に補完し支えあいながら成立している。
祇園はその両方をバランスよく兼ね備えた、世界でも希有なまちである。

 祇園にはまだ袋小路のような路地がいくつも残されており、“奥床しい”気持ちにさせてくれる。そして、“俗”を抜けると、最後に八坂神社という“聖”に行き着く。
願わくば通りのところどころに島のような休み場があり、水の音のする小公園があり、木立や並木などがあると、歩く楽しみがいっそう増すににちがいない。あるいは、若いアーティストたちの作品をさりげなく飾っておいてあげるような視点もあっていい。
祇園はいつまでも清々しさと奥床しさという、日本の美意識を実感させてくれるまちであってほしいと切に願っている。

東京大学名誉教授・国際日本文化研究センター名誉教授 芳賀 徹

拡げましょう、まちづくりの輪

このたび、「おこしやす特別号」を無事に発刊することができました。
特別号を作成するきっかけは、「祇園まちづくりビジョン」です。
2年前から祇園商店街の若者5人が夜遅くまで議論を重ね、時には酒を酌み交わし、時には激しく言い争いながら、50年、100年先を見据えて策定いたしました。

「商い」と「日本の美意識」を両立させながら、祇園の魅力をどのように伝えるか。
私たちの熱い思いが特別号には込められていますので、ご一読いただければ幸いです。

「祗園おこしやす 特別号配布中です」

まちづくりはこれからが本番です。
私たちが受け継いだ祇園の伝統に、現代の価値観を加え後世に伝えていくことが私たちの使命です。
時代が移り変わろうと、八坂神社の石段から四条通を見渡した景色が、琴線にふれるまちであるよう、まちづくりを進めていきたいと考えております。

祇園商店街振興組合理事 川合 啓太